『生物多様性のいまを語る』(岩槻邦男著/研成社/1500円+税)
 生物多様性条約が採択され、国際的な課題として注目されたのが、地球温暖化を指摘した気候変動枠組条約と同じ1992年のリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議であったことは、つい忘れられがちで、温暖化が日々マスコミの話題にのぼることが多いのに比べると、生物多様性の認知度が低いことは明らかでしょう。とはいうものの、2010年に名古屋で多様性に関する国際会議が開かれることもあって、多様性に関する本が多くなっており、第一線の専門家がそれについてどのようなことを考えているのかを知ることができるようになってきました。著者はシダ植物分類の専門家で、レッドデータブックの編纂や希少種の保全などでも大きな実績をあげられ、また植物園関係の仕事もされてきた研究者です。この本は、エッセーではなくて、兵庫県立人と自然博物館で開かれたセミナーの講義録をもとにしたもので、「生物多様性とは何か」に始まり、「生物多様性と人間生活」「生物多様性と生命科学」「生物多様性の危機(絶滅危惧種が教えてくれるもの)」「里山で生物多様性を見る」「生物多様性条約と日本」「生物多多様性の持続的利用」などの10章で構成されています。全体に、多様性を語るのに頭に入れておかねばならないことが、網羅的系統的に取り上げられており、実用的な本だと思いました。しかし、全体にやや理念中心の内容になっており、特に後半は、生命、文明、教育などについての著者の持論が展開されていて、そこの部分は決して読みやすいとは言えませんでした。著者が特に強調していることの一つは、生命の歴史性ということで、どんな生物でも40億年にわたる継続的な歴史を背負っているという目で見なければいけないということが繰り返し述べられ、現在の地球に見られる生物を示す「生物圏」と、歴史を示す「系統」を包括する概念として「生命系」という言葉が提唱されています。また、里山という日本特有の環境が、東西文明における自然と人間の関係で説明されるなど、生物多様性というキーワードを使って広い視野の議論が展開されています。ところで、現在の大きな課題は、生物多様性の意義を一般市民にどうやって説明すればよいのかということでしょう。人の生活のほとんどが多様な生物資源によって成り立っているとか、潜在的に有用な遺伝子資源の確保のためにはあらゆる動植物をいかしておくことが必要だとかを述べても、今ひとつ説得力がありませんし、2割、3割の種が絶滅したとしても、生態系に危機的な状況が生じると断言できない難しさがあります。そのあたりについては、なるほどこういう示し方をすれば、おおかたの納得が得られるだろうという画期的な知恵が得られなかったのが残念でした。(2009/12)